言葉だけは知っている、そんな人たちが増えた気がする
最近は、Geminiやら、ChatGPTやらで、「これ調べて」とお願いすると、事細かに、そして、なかなか良い精度で答えてくれますね。
筆者の職場でも、何か、わからない概念があれば、みんな、AIに聞いています。そして、なんかそれっぽいことを返してきます。
モダンな技術用語、ビジネスのバズワード、あるいは高尚な設計思想。SNSを開けばそれらの言葉が飛び交い、誰もが「正解」を知っているかのように振る舞える時代です。
しかし、その中身をどれだけ深く理解しているのでしょうか。 理解せずに、言葉や概念を喋ることに何の意味があるのだろうか?筆者はそんなことを最近考えているのですが、今回は、それを記事にしてみました。
もくじ
たった1秒で知ったかぶりできる
今の時代、専門用語の定義を調べるのに1秒、ChatGPTにそれらしい活用法を聞くのに2秒もあれば十分です。 「DDD(ドメイン駆動設計)」「クリーンアーキテクチャ」「マイクロサービス」「DX」……。
〇〇アーキテクチャで作られてるから、このシステムは良い!、時代はマイクロサービスだ!、これは分散トランザクションが使われているからすごい!と強そうな言葉ばかり並べると、なんかめっちゃ技術力あるエンジニアに見えてしまいますよね。
これは、学問の世界でもそうですね。物理学科の筆者もそうでしたが、みんなが線型代数や微分積分を勉強している大学1年生の時に、先走りして、多様体とか微分形式とか調べたり、数学科がやるような群論とか勉強して、強そうな言葉だけ覚えて、中身は何にも理解していない。そんな大学生になっていました。学部3年生のときに、授業でそのことを怒ってくれた教授がいて、考えを改めなおすことができました。
「名前を知っている」は「理解している」ではない
物理学者のリチャード・ファインマンは、こんなことを語っています
世界中の言語でその鳥の名前を知っていても、結局はその鳥について何も知らないことになる。分かるのは、様々な場所に住む人々のことと、彼らがその鳥を何と呼んでいるかだけだ。だから、その鳥を見て、何をしているのか見てみよう。それが大切なんだ。」
"What Do You Care What Other People Think?": Further Adventures of a Curious Character, edited by Ralph Leighton, 1988
(私は、何かの名前を知っていることと、
何かを知っていることの違いを、とても早くから学んだ。)
You can know the name of that bird in all the languages of the world, but when you're finished, you'll know absolutely nothing whatever about the bird. You'll only know about humans in different places, and what they call the bird. So let's look at the bird and see what it's doing-that's what counts." (I learned very early the difference between knowing the name of something and knowing something.)
技術も同じです。「 このフレームワークはDI(依存性の注入)ができるから、優れている」といったように、DIという言葉だけ、なんか知っていても、
- なぜそれが必要なのか
- それを使わないことでどんな痛みが生まれるのか
- このフレームワークは他のフレームワークと比べてどんな利点があるのか
ちゃんと考えないと、使えない知識ですよね。
浅い理解の人が増えた
社内を観察していると、単純に楽して、知識を手に入れられるようになったのかなと思います。
どんなに難解な論文も、難しそうな概念も、要約として、すぐに手に入れらることができるようになりました。なんだか、これによって、自分の言葉で表現し、考え、血肉に変えるというプロセスをすっ飛ばしてしまっている気がするんですよね。
苦労して公式ドキュメントを読み解いたり、実際に手を動かして失敗したりするプロセスを飛ばして、AIが噛み砕き、難しいところをすっ飛ばした抜け殻だけを摂取している感じ。
私が感じている問題
このような知ったかぶりが増えると、現場では何が起きるでしょうか。現実問題起きていることを述べたいと思います。
結局、深い理解を持つ人が尻ぬぐいを行う
まず、浅い知識で物事を語られると、そりゃあ深い理解を持つ人が尻ぬぐいをしなければいけないですよね。
〇〇さん、この機能考えてきてって言われて、数十秒後にAIに出力させた結果をそのまま渡して、レビューをしてもらうという状況、増えている気がします。これって、レビュー側にめっちゃ負担ですし、失礼ですよね。また、コードを全部、Claude Codeとか使って書いて、シニアエンジニアに丸投げって人もいますよね。自分だけ、楽しようとしないでください。
自分だって、AIへアクセスできるので、情報の探索やコーディングはAIにやらせて、考えるのは自分でやるほうが早いです。なので、筆者はよく考えていない人、浅い理解の人と関わるのは避けてます。
自分の考えをだせない
これは、AIに限ったことではないですが、本に書いてあるから、技術顧問の〇〇さんが言っていたからで物事を決める人がよくいますが、自分で考える癖を身に着けたほうがいいかもしれないです。
筆者は、本とか読んで、なるほどなと納得しつつも、なぜ?、本当か?と結構考えてから物事を決めます。
やはり、自分がなぜ、この意思決定をしたのか、自分の言葉で語ることができないと、AIにどんどん代替えされてっちゃいます。普通に、現場にいらないです。
最後に:やはり、なぜ?は大切だと思う
筆者は、普通にAIすごいと思ってます。
今の時代、答えをだすのは、普通に簡単になってきてます。しかし、意思決定となると、やはり、自分でよく考えていかないと難しいと感じています。
「Next.jsを使っています」と言うのは簡単です。 でも、なぜNext.jsなのか、その裏でReactがどうDOMを操作し、ブラウザは何を解釈しているのかを判断に意思決定できる人は、その意思決定に説得力がありますし、魂を感じます。
筆者は、キラキラしたバズワードを追いかける前に、基礎を抑え、それを広く応用できる、そして、考え続ける人間になっていきたいですね。
