自社開発企業に未経験ソフトウェアエンジニアとして転職して半年がたちました
私は23卒としてメーカーの研究所の研究職として就職しました。しかし、やりたいことを見つけたため、心機一転、某自社開発企業に、未経験ソフトウェアエンジニアとして、転職をしました。就職してから、約半年が経過したので、この期間に体験したこと、感じたことをブログにしていこうと思います。本記事では、入社後の各月に起きた出来事を簡単に説明していきます。各体験の詳細についてはそれぞれ個別に記事にする予定です。
私の転職体験記については、以下記事をご覧ください!
以下、コンテンツです:
もくじ
携わっている仕事
現在、ソフトウェアエンジニアとして、新規事業開発に携わっています。主に、バックエンドやインフラや開発基盤の構築などを担当しています。
私の自己紹介についてはこちらをご覧ください。
3月
転職初日
勤務地は渋谷でした。キラキラした本社に緊張しながら入り、研修を受けた後、上司となる方がお迎えにきて、無事配属されました。エンジニアはキラキラした本社ではなく、こじんまりとした雑居ビルに配属です。少し、安心しました。
配属先は研修チーム
私は、ある事業部(以下A事業部と呼びます)を希望していましたが、私が未経験であったこともあり、始めは研修チームに配属されました。
そこには、セールスやマーケ部門からエンジニアに社内転職してきた方たちや、私と同じように未経験として、転職してきた方々がいました。そう、彼らが、これから共に過ごす同僚となるわけです。
彼らは、ソフトウェアエンジニアとして未経験者でしたが、バックグラウンドとして、コンサルをしていたり、英語を使って仕事をしている、セールスではリーダーだったという方ばかりで、優秀な方ばかりでした。そして、研究所育ちの僕から見ると、新しい人種で、面白い方ばかりでした。ここにきたおかげで、異なる文化に触れることができよかったです。
研修課題?
研修チームなので、研修課題がありました。この研修課題が自分の考えを変えてくれました。
研修課題は、
- HTML, CSSでウェブサイトの模写を行う
- JavascriptのWebサーバー用ライブラリを使ったアプリ開発
- 簡単なSNSアプリの作成
- データベースを利用するが、ORMの使用は禁止
- セキュリティ要件を満たす
- Webサーバー用ライブラリとDBドライバ以外のライブラリ、パッケージは使用禁止
- AIは使用禁止
自分は入社前に、Typescriptを使うと言われていたので、あらかじめNestJSなどを予習をしていました。とにかく、新しい技術に触れることが正義!みたいな、そんな考えでした。そのため、「え?、なんで、reactとか、フレームワークを使わないんだろう?」、「今更、HTMLとか古典的なライブラリなの?」と思いました。しかし、すぐに、取り組んで1週間ぐらいたつと、この研修課題の意図に気づきました。
結論、この研修課題が、ものごとを原理からちゃんと考えるという思考や、基礎を作ってくれました。この課題を作ってくださったリードエンジニアの方にはとても感謝しています。
現代では、フレームワークなどの技術によって、レイヤの低い技術は隠蔽されており、コンピュータサイエンスに詳しくなくても、開発を行えてしまいます。しかし、低レイヤの技術をおざなりにしていると、いざブラックボックス化されたフレームワークの中で問題が起きたとき、手も足も出なくなってしまいます。この課題を実施することで、特定の言語やフレームワークにこだわることがなくなり、それよりも基礎やなぜを重視するようになりました。
4月
まだまだ、続く研修課題
正直、研修チームは楽しかったです。働いてるのか、働いてないのか、よくわからない状態です。研修課題を進めながら、チームメンバーと週に1回、勉強会を開催し、とにかく、たくさん学ぶことができました。
配属の決定
ある日、A事業部の新規事業の部長兼リーダの方とお話し、配属が決定します。私を拾ってくださりました。この方とは、3月にも何回かお話をしており、自分のA事業所に行きたいという思いを伝えていました。また、私は、私を迎え入れてくれたリーダーの方に憧れ、この事業部に入ることを決断しました。
配属が決まった後は、期待とともに、不安のほうが大きかったです。そして、研修チームのメンバーともお別れになり、寂しかったです。特に、上司、メンターのお二人には、多くのことを教えていただきました。その2人とのお別れも寂しいものでした。
5月
こうして基礎体力をつけ、いよいよ憧れのA事業部へと配属される日がやってきます。そこでは、研修や研究所とはまた違う、本物の「開発現場の洗礼」を受けることになるのです。
ついに配属される
私は配属されたのは、新規事業開発の一員として配属されました。4月にミーティングには少し参加していたのですが、本配属になり、空気感は変わった気がしました。
初期メンバーは、リーダー、PM(プロダクトマネージャー)、エンジニア、自分の4人でした。
配属直後にリーダーとお別れする
私は、リーダーの方に憧れ、この事業部に入ることを決断しましたが、このリーダーの方は、配属直後にとある理由で、すぐに会社をやめてしまいました。とても優秀な方で、憧れであったため、とてもショックでした。また、他2人もこの方を頼りにしていたため、やめる最後の1週間は、この方からの引継ぎを死ぬ気で行っていました。
全くなじめなかった
この5月は本当に苦しかったです。リーダーが去っただけでなく、私の社会人力が低すぎたために、仕事に全くついていくことができず、チームになじむことができませんでした。
報連相ができない
まず、報連相がまったくできませんでした。というか、どうすれば、報連相ができている状態なのかがわかりませんでした。
報告のたびに、けじさんは何が言いたいのかわからないと言われてしまいました。
これは、相手のレベルや立場を考えて、物事を伝えることができなかったことが原因でした。研究所時代は、まわりはみな、博士の方が多かったため、教養のレベルが高く、抽象的に、専門的に話しても、会話が成立していました。しかし、新しいチームメンバーはビジネスよりの方で、抽象的に、詳細に話す私の報告を理解することができなかったのです。
私が培ってきた技術が役に立たない
新規事業では、まだ、なにを作るかも決めてない状態だったため、まずは、ビジネスとして成立させるためには、どうすればいいか、アイデア出しや要件定義などの上流工程の段階でした。そのため、経験のない自分はついていけず、活躍の場がないと焦ってしまいました。
自分の活躍の場をなんとかして作りたくて、チームメンバーが技術選定や開発環境構築を行っているときに、良かれと思って割り込んで口出しをしてしまい、けじさん、君は何がしたいの?何がしたくて、このチームにいるの?と若干怒りぎみに注意をされてしまいました。
最初の仕事が合ってなかった
私がいただいた最初の仕事は、住所や銀行、支店などのマスタデータの管理システムの構築でした。このシステムは、将来的に他関係部署も利用するため、事業部全体のことを理解しておく必要がありました。そのため、配属したてのコネクションも何もない私は、全く、なにをすればいいかもわからず、動くことができませんでした。
とっとと終わらせたい、早く成果を出したいと急いでいた私は、自分勝手に、システム設計を詳細に作りこんでしまい、「そこまでは求めていない」と注意されてしまいました。
チームからの信頼を得ることができない
そんな、失敗ばかりの私は、あまり、チームのみんなから信用されていませんでした。チームメンバーはプロダクトを作りたいという気持ちで仕事に取り組んでいるのに、なにか活躍しよう、成果をだして認めてもらおうとして、空回りしてしまっていたのです。
精神が崩壊し、鬱になりかける
私は、なにもかもうまくいきませんでした。そして、人とどうやって話せばいいのかわからなくなってしまいました。なにを喋っても伝わらない気がしてしまい、仕事中も一言もしゃべらなくなりました。
暗い無限に続く、終わりの見えないトンネルの中をずっとさまよっている感覚でした。
次の日から仕事が始まる、日曜日の夜は本当に恐ろしかったです。毎日、会社の扉を開ける前に、深呼吸していました。
土日は、現実を逃避するために、ホラー映画ばかりを見ていました。ホラー映画を観ていると、嫌なことを忘れることができました。
そして、辛さに耐えきれず、風呂場の物干しに縄をくくり、首を吊りました。しかし、縄は外れてしまい、おもいきり尾てい骨を打撲し、怪我をしてしまいました。〇殺未遂に終わりました。会社には銭湯で滑って転んでしまったと嘘をつきました。
6月、7月
ある漫画のキャラクターの言葉に救われ、少しずつ、仕事になれ、精神も回復していきました。徐々に、設計も始まっていきました。また、少しずつ、マーケー、開発のメンバーも増えていきました。
刻むんだ
ある言葉にふと出会います。それが、ワールドトリガーのヒュースの言葉です。
"刻むんだ"
ワールドトリガー 247話 ヒュース
目の前の1段を登るために必要な要素を
1段の中でさらに刻んで
自分が登れる小さいステップを作るんだ
その行動を努力と呼ぶ
・・・
『自転車に乗れる』 という事実が示すのは
おまえは元々できなかったことが訓練次第でできるようになる
ということだ
別に自転車じゃなくても『箸を上手く使える』でもなんでもいい
『できるようになった』という 無数の事実を忘れるな
そして自分に『できる』 高さになるまで1段1段を 刻んでいけば
必ず今より強くなれる
そしてそれがおまえの自信に変わるんだ
この言葉で、何か心のモヤモヤがとれました。
「早く成果を出して、みんなに認められたい」、「早く一人前になりたい」、「失敗した分を取り返したい」自分は、焦りすぎていたのです。
自分は今まで、研究畑にいたため、社会人スキル、ソフトスキルが低いということを素直に受け止めました。そして、自分が上るべき階段を細かく刻んでいき、ステップを踏んでいきました。
徐々に仕事についていけるようになる
ヒュースのおかげで、徐々にですが、仕事についていけるようになりました。
いきなり、詳細をまるごと話す、抽象化しすぎて話してしまうことが原因で、報連相がうまくいきませんでした。そこで、
- やったことを全部はなすことをやめ、相手の関心事は何かを考えて、報告内容を精査する
- スコープを絞ることに近いかも
- これは、提案なのか、共有なのか、意見がほしいのかをはじめに述べる
- 自分が話す内容を事前に文書に書き起こしてまとめておき、それをもとに説明する
を実践してみたら、うまく、伝えることができました。
おそらく、社会人の方々は、みんなこれができるのでしょう。私はできませんでした。素直に反省です。
そして、ヒュースありがとう
ドメイン駆動設計と出会う
ところで、新規事業では、ドメイン駆動設計という手法で開発を進めていきます。この設計手法に魅了され、どっぷりとつかりました。
- ドメインエキスパートであるマーケの方と一緒に、僕らも開発というドメインエキスパートとして、一緒に、事業のコアな部分はどこか、ビジネスとしてお金を生むイベントがなにかを洗い出していく
- ビジネスを成り立たせるモデルに落とし込み、ソフトウェアとして、具体化をしていく
この過程を経て、設計能力やビジネス、自分が携わる事業のドメインについて、詳しくなっていきました。ビジネスとしてコアな部分はどこなのか、競争優位性はどこにあるのかを考えることは、まさに、研究に近く、少しずつコツをつかむことができました。
仲間が増える
新卒のめっちゃ優秀なマーケーターの子がチームに参画したり、解散してしまったチームからの移動や中途入社でメンバーが加わっていきました。はじめは、少なかったメンバーも徐々に人が増えにぎやかになっていき、楽しくなっていきました。
初期の2人はお世辞にも、あまり、エンジニアリングには詳しくなかったため、エンジニアリングに詳しいメンバーが加わり、安堵しました。
8月
いろいろ提案できるようになって、楽しくなってくる
徐々に、成長を認めてもらうことができ、自分で提案もしていけるようになりました。
- 競合の特許を調べ、実装を提案する
- 開発環境の構築や、アーキテクチャの提案
- 得意分野であるセキュリティやログなどの非機能要件
- 少しずつ、ビジネスとして実現したいことにも、こうしたほうがいいなどの提案を行う
今後
また、9月以降に関する内容も更新していく予定です。
